
日比谷公園に現れた「政治のテーマパーク」
――政治博覧会開幕の日の風景
昭和十二年四月初旬の朝、東京・日比谷公園の入口には早くから人の列ができていた。
新聞各紙はこの日を大きく報じている。
「政治博覧会 本日開幕」
「政治を見て学ぶ大展示会」
といった見出しが並び、国会議事堂完成を記念する新しい催しとして紹介されていた。
会場となった日比谷公園には、普段の公園の景色とはまったく違う風景が広がっていた。園内には白い仮設建物がいくつも並び、それぞれに大きく名前が掲げられている。
外務館
内務館
司法館
逓信館
交通館
陸軍館
海軍館
警察館
地方館
憲法館
議会館
来場者はそれらの建物を順番に回りながら、日本の政治の仕組みを知ることができる。新聞はこの博覧会を
「政治を眼で見る教育の場」
と表現していた。
入口付近では制服姿の案内係がパンフレットを配り、家族連れや学生の姿が目立つ。軍人や役人の姿も多く、午前中からかなりの人出だったと報じられている。中央の広場には大きな噴水があり、そこから放射状に各館へと人の流れが伸びていく。自動車で乗り付ける来場者もあり、新聞は「政界人・官界人の姿も多く見られた」と書いている。
なかでも特に人気を集めたのが、陸軍館と海軍館だった。
陸軍館では、近代陸軍の装備や作戦を紹介する展示が並んでいた。会場には大きな戦場地図が掲げられ、軍事行動の説明が行われる。模型やジオラマを使って軍隊の編成や戦術が紹介され、来場者の前では将校が説明を行っていたという。軍服や装備品の展示もあり、少年たちは食い入るように見つめていたと新聞は伝えている。
海軍館では、軍艦模型や海戦図が展示されていた。大型の戦艦模型の周りには人垣ができ、艦隊の配置や海戦の様子が説明される。艦船の断面模型や航海機器も展示され、海軍の技術力を示す展示として人気を集めた。
逓信館も多くの来場者を引きつけたパビリオンの一つだった。ここでは郵便制度や電信通信の仕組みが模型を使って説明されていた。電信機の実物や通信設備の展示が行われ、郵便の流れを示す大きな図解が掲げられていた。来場者は、遠く離れた都市へ電信が届く仕組みを興味深そうに見ていたという。
交通館では鉄道行政や道路政策の展示が行われていた。鉄道網の地図や列車模型が展示され、交通網が国家運営にどのように関わるかが説明されていた。大きな鉄道模型の前では、子どもだけでなく大人も足を止めていたと伝えられている。
議会館では、国会の仕組みを紹介する展示が行われていた。議場を模した模型が置かれ、法律が成立するまでの流れが図解されている。議員の役割や選挙制度についての説明パネルもあり、来場者は議会政治の構造を目で追うことができた。
憲法館では、大日本帝国憲法の成立と国家制度が紹介されていた。憲法条文の展示や政治制度の解説が行われ、政治制度の基礎を説明する教育的な展示になっていたという。
新聞記事はこの博覧会の目的を次のように書いている。
「政治を遠いものとせず、国民にその仕組みを理解させる」
普通選挙が始まって十年あまり。政治は国民に開かれたはずだったが、制度の仕組みを理解している人はまだ多くなかった。政治博覧会は、そうした状況の中で「政治教育」の場として企画されたものだった。
しかし、この博覧会が開かれた時代は決して穏やかな時代ではなかった。
前年には二・二六事件が起き、政治と軍の関係は大きく揺れていた。そしてこの年の夏、日本は日中戦争へと突入していく。
政治を展示し、政治を理解してもらおうという試みは、この時代の日本においては、短い時間しか与えられなかった。
やがて戦争は拡大し、日本は長い戦時体制へと入っていく。政治を「見て学ぶ」ための博覧会が再び開かれることはなかった。
政治を国民に説明しようとしたこの催しが、その後の戦争の時代の中で二度と行われることがなかったという事実は、今振り返るとどこか皮肉にも思える。