海外版の『クライシス2050』です。日本版はございません。
1. 愛、おぼえてますか?
みなさんは覚えていますでしょうか。
学研とNHKが80 億円もの制作費をかけて作ったSF映画『クライシス2050 』を。
監督は『バニシング・ポイント』を撮ったリチャード・サラフィアンで、主演はまだ無名だった別所哲也。
しかも、全米ライフル協会会長であった、チャールトン・ヘストンまで出演しているのです(よく見ると、ジャック・パランスまで出てますよ!)。
音楽は驚くなかれ、モーリス・ジャール!
『アラビアのロレンス』の音楽を担当した大作曲家でございます!
デザインには更に驚くことにシド・ミードが!
公開は1990年という、バブル最末期でした。
当時、レンタルビデオ屋さんでコレを借りて見たんですけども、もう唖然としました(笑)。
あまりにも面白くないんで。
どうつまらないのか、確認しようと思い、DVDレンタルしてるのか?と思って調べてみますと、なんとなんと現在も VHSレンタルをしているツタヤの新宿、渋谷店ですら置いてませんでした!
しかも、日本ではDVDにすらなっておらず、海外では、「アラン・スミシー監督」扱いです。
先日、私が1980年代以降の日本映画を見ることができなくなってしまった原因となる3作品を挙げさせていただきましたが、その一作なんですね、『クライシス 2050』は。
本作はいろんな人々にクライシスを与えたと思うんですけども(笑)、当時、高校1年生であった私にも、大変なクライシスだったんですね。
2. 電気羊の夢の続き
さて。
このトラウマを書いた2017年に、SF 映画の金字塔の1つである、『ブレードランナー』の続編がとうとう公開される運びとなりました。
私は、ハッキリ言って無謀だと思いました。
『2001年宇宙の旅』の続編、『ゴットファーザー part2 』の続編、『チャイナタウン』の続編が一体どういう事になったのか、ご存知だと思いますが、正直、いずれも「どうして作ってしまったんですか?」という作品です。
キューブリックはバカではないので、さすがに『2010年』には一切関わっていません。
が。コッポラとニコルソンはやってきまいました。
残念ながら、ここにあの『ブレードランナー』も入ってしまうのでした。
『ブレードランナー』について今更とやかく説明する必要はないでしょう。
ウンザリするほど沢山の文章がネット上に存在するでしょうし、最近、映画評論家の町山智浩さんの『ブレードランナー』についての著作が出でおります。
さて、何がよくないのでしょうか。
まずは絵です。
クリストファー・ノーランを薄めたような絵柄に『攻殻機動隊』をふりかけて見ました的な絵作りは誠に感心できません。
だったら完全にノーランの絵にしてしまった方がよい。
中途半端です。
次に音楽です。
ノーラン作品の常連であるハンス・ジマーが私は大嫌いでして、とにかく、いつでもどこでも観客をどやしつける作風が大変不愉快ですが、続編でのどやしつけはノーラン作品の比ではなく、サントラというよりも轟音ノイズでして、池田亮司のコンサートにでもきてしまったのか?と思ってしまいました(池田亮司氏がダメなのではありません。誤解のないように)。
作中でエルヴィス・プレスリーやフランク・シナトラの音楽がかかるシーンがあるのですが、こんなに胸を打たないプレスリーとシナ
トラを聴いた事はありません。
ヴィルヌーヴ監督は、音楽への愛がいささか欠けてはいないでしょうか。
また、魅力に著しく欠けるキャスティングがなんとも凡庸です。
とりわけ、ハリソン・フォードは出演する意味が果たしてどれほどあったのか疑問としか言いようがない。
更に、『ブレードランナー』で見事だった、ジワーッと恐怖が迫ってくるバイオレンス描写がなんとも薄味で、殺しに必然性が乏しいのも演出として弱いものを感じました。
しかし、決定的なのは脚本です。
何か取ってつけたように出現するレプリカントの反乱軍と主人公Kがデッカードを殺さなくてはならなくなる理由、そしてその解決法がまったくもって取ってつけたようであるのと、ロサンジェレス市警は相当なテクノロジーを持っているにもかかわらず、ウォレス社が捜査を撹乱しているのに対して何もしなかったりと、どう考えても不自然すぎます。
とは言え、ヴィルヌーヴ監督は、誠実に続編を作っている事は伝わってきますので、それが唯一の救いですね。
3. 日々の泡
しかし、こうなる事はタイトルに組み込まれていたんです。
私の嫌な予感は、2049年である。この一点にのみありました。
というか、「クライシス」は実際はは1年間違っていて、2049年ではなかったのでしょうか。
ホントに『砂の惑星』撮るんですか、ヴィルヌーヴ監督。