まだYouTubeで800回しか再生されていない貴重な映像をみつけたので「映像考古学」としてシェアしておきたい。
C-1
これはオーストラリアの報道局が作った「TOKYO TODAY」という1948年の東京のドキュメンタリーである。
C-1
これはオーストラリアの報道局が作った「TOKYO TODAY」という1948年の東京のドキュメンタリーである。
希望に満ちた明るい口調のナレーションと共に終戦から3年目の東京に取材した映像はどのカットも興味深い。1948年はちょうど「東京ジョー」が撮影された年でもあり戦争の焼け跡の中から活力が生まれてきた時期と言える。
空撮で見えるのは日本橋近辺である。川が蛇行しており曲がる部分の内側に大きな建物が見える。
C-2
これをiPhoneアプリ「東京時層地図」で探してみるとちょうどここになる。大きな建物は現在もその場所にある野村證券の本社ビルである。のちにこの川の上に首都高速が作られる。
現在のマリオンである日劇と朝日新聞社が見える。角度からするとちょうど不二家ビルがあるあたりからの撮影ではないだろうか?
C-3
1933年(昭和8年)に完成した日劇は1981年に閉館した。建物の設計は前年に完成した銀座和光と同じ渡辺仁である。同じ時期の同じ建築家の建物が残ったり残らなかったり、歴史の妙を感じる。
日劇には日本劇場という文字が大きく建物の中央に入っている。 賀正というのぼりがあることからこのフィルムの撮影時期は新年であることがわかる。
C-4
この廃墟はどこだか不明である。
C-5
これは新宿伊勢丹だろう。現在も同じ位置に同じ姿である。 現在は左の先にもファサードを似せた建物が連続して追加されているのでもっと長い印象がある。
C-6
赤坂中央マーケットという門が見える。現在のベルビー赤坂のあたりだろうか?
C-7
木造家屋に対して文化的な団地として紹介されるのは在りし日の同潤会表参道アパートと思われる。現在の表参道ヒルズである。
C-8
この写真とほぼ同一のアングルと思われる写真がストックフォトのアーカイブにあった。生け垣のブロックが映像では3段あることからもう少し坂を下ったあたりかもしれない。
C-9
GHQの兵士は兵士専用車両に乗るべしという駅の案内板。
C-10
立川行きなのでおそらく中央線。国鉄の前進は鉄道省なのでJRは省線と呼ばれていた。
C-11
これは終戦直後の鮮明すぎる新橋映像を調べていたときに知ったのだが、当時の電車には白いラインの入った連合軍専用車両(ALLIED FORCES SECTION)というのが連結されていた。この車両がこんなに鮮明に写っているのは珍しいかもしれない。 1945年から1954年まで使われたという。
C-12
ここは有楽町のあたりだろうか?右の建物は万世橋に見えなくもない。まだ特定できていない。きっと鉄道に詳しい人が見ればすぐわかるだろう。
Australian newsreel item.
Title reads: "Tokyo Today - from Geoffrey Thompson, Cinesound's Special Representative in Japan".
Tokyo, Japan.
Aerial view of Tokyo. Various shots of modern buildings, panning to street scenes. M/S building damaged by bombing, only the shell left standing. Various shots of carpenters working on the reconstruction of buildings. Various shots of Japanese men wielding pickaxes, building a tram track. Various shots of modern blocks of flats. C/U sign: "Military personnel ride military cars only". M/S train moving out of the main station, there is a compartment for military personnel only. M/S Tokyo citizens outside the station. C/U tram passing the camera. M/S passengers alighting from a tram. C/U women carrying babies on their backs. M/S man pulling a heavily-laden cart through the streets. M/S taxi-cycle, Tokyo's only form of hired car. C/U another heavily-laden cart is pushed past camera. C/U man pulling a rickshaw. C/U bullock pulling an open cart. M/S a three wheeled motorcycle pulling cart full of firewood. M/S man and woman on a bicycle. M/S cyclist with a child on his crossbar. M/S modern one-decker bus.
M/S little girl carrying a baby on her back, she joins a group of small children. Various shots Japanese children. Various shots street sweet seller, giving a group of children a lantern slide show. C/U children sucking lollipops. M/S boys playing baseball. M/S girls wearing kimonos playing a traditional game, "hanetsky" (like shuttlecock). M/S children skipping with rope. M/S boy playing with diabolo. C/U man balancing a baby on his hand. C/U woman carrying baby on her back, she smiles showing row of gold teeth. M/S roving street photographer at work. C/U signpost in English. M/S crowds in a market. M/S small boy at stall, looking for comics. C/U fish on a stall. C/U clockwork toys. Various shots smart shop window showing furs. Various shots up to date cameras in a shop and being held in a hand. Various shots street scenes. C/U signs in Japanese outside a cinema, with sketches of Laurel and Hardy beside them. C/U another cinema sign. C/U feet and legs of Japanese women walking in street. M/S an Australian soldier buying a pair of stockings. Street scene showing Europeans and Japanese walking side by side.
C/U sign outside War Ministry: "International Military Tribunal". L/S troops on parade in grounds of War Ministry. L/S War Ministry - exterior view. C/U Sir William Webb, head of the tribunal. M/S prisoners entering the courtroom - General Hideki Tojo in centre. Various other shots of the trial.
Date given on old record is 15/03/1948.
空撮で見えるのは日本橋近辺である。川が蛇行しており曲がる部分の内側に大きな建物が見える。
C-2
これをiPhoneアプリ「東京時層地図」で探してみるとちょうどここになる。大きな建物は現在もその場所にある野村證券の本社ビルである。のちにこの川の上に首都高速が作られる。
現在のマリオンである日劇と朝日新聞社が見える。角度からするとちょうど不二家ビルがあるあたりからの撮影ではないだろうか?
C-3
1933年(昭和8年)に完成した日劇は1981年に閉館した。建物の設計は前年に完成した銀座和光と同じ渡辺仁である。同じ時期の同じ建築家の建物が残ったり残らなかったり、歴史の妙を感じる。
日劇には日本劇場という文字が大きく建物の中央に入っている。 賀正というのぼりがあることからこのフィルムの撮影時期は新年であることがわかる。
C-4
この廃墟はどこだか不明である。
C-5
これは新宿伊勢丹だろう。現在も同じ位置に同じ姿である。 現在は左の先にもファサードを似せた建物が連続して追加されているのでもっと長い印象がある。
C-6
赤坂中央マーケットという門が見える。現在のベルビー赤坂のあたりだろうか?
C-7
木造家屋に対して文化的な団地として紹介されるのは在りし日の同潤会表参道アパートと思われる。現在の表参道ヒルズである。
C-8
この写真とほぼ同一のアングルと思われる写真がストックフォトのアーカイブにあった。生け垣のブロックが映像では3段あることからもう少し坂を下ったあたりかもしれない。
C-9
GHQの兵士は兵士専用車両に乗るべしという駅の案内板。
C-10
立川行きなのでおそらく中央線。国鉄の前進は鉄道省なのでJRは省線と呼ばれていた。
C-11
これは終戦直後の鮮明すぎる新橋映像を調べていたときに知ったのだが、当時の電車には白いラインの入った連合軍専用車両(ALLIED FORCES SECTION)というのが連結されていた。この車両がこんなに鮮明に写っているのは珍しいかもしれない。 1945年から1954年まで使われたという。
C-12
ここは有楽町のあたりだろうか?右の建物は万世橋に見えなくもない。まだ特定できていない。きっと鉄道に詳しい人が見ればすぐわかるだろう。
右下に見える特徴的なカタチの街灯(?)にはビオフェルミンの広告がついているのが別カットでも確認できる。
C-13
品川駅行きの市電。
C-14
皇居前を走り過ぎる人力車。
C-15
丸の内あたりと思われる。
C-16
とても大きな建物。特定できていない。
C-17
子どもたちが遊ぶ様子も活写されている。
C-18
屋台のような街頭紙芝居。いいシーンになると続きはお菓子を買ってくれたら!と商魂たくましい!などとナレーションが明るく説明している。
C-19
それを熱心に見る子どもたち。テレビもネットもない時代。この子たちは現在75才くらいになっているはず。
C-20
銀座通りの標識。
C-21
銀座通り。奥に富士トランジット、アメリカンベーカリーという看板が見える。
C-22
これは軌道が見えるので銀座4丁目から京橋に向かうあたりか?
C-23
カメラ屋の看板。GHQ向けと思われる。
C-24
店頭にあるカメラ。型番は不明。
C-25
ビオフェルミンの広告が見える特徴的な街灯がまた出てくる。
C-26
神田にあった映画館の東洋キネマ。1948年1月公開「極楽お家騒動」が上映されている。この看板は次回上映ではなく現在上映中の看板に見える。
C-13
品川駅行きの市電。
C-14
皇居前を走り過ぎる人力車。
C-15
丸の内あたりと思われる。
C-16
とても大きな建物。特定できていない。
C-17
子どもたちが遊ぶ様子も活写されている。
C-18
屋台のような街頭紙芝居。いいシーンになると続きはお菓子を買ってくれたら!と商魂たくましい!などとナレーションが明るく説明している。
C-19
それを熱心に見る子どもたち。テレビもネットもない時代。この子たちは現在75才くらいになっているはず。
C-20
銀座通りの標識。
C-21
銀座通り。奥に富士トランジット、アメリカンベーカリーという看板が見える。
C-22
これは軌道が見えるので銀座4丁目から京橋に向かうあたりか?
C-23
カメラ屋の看板。GHQ向けと思われる。
C-24
店頭にあるカメラ。型番は不明。
C-25
ビオフェルミンの広告が見える特徴的な街灯がまた出てくる。
C-26
神田にあった映画館の東洋キネマ。1948年1月公開「極楽お家騒動」が上映されている。この看板は次回上映ではなく現在上映中の看板に見える。
さきの日劇「迎春」のぼりとこの映画看板により、このドキュメンタリー素材が1948年1月に撮影されたことがわかる。
C-27
こちらは1946年制作のイギリス映画「キャラバン」の看板である。 公開時期が合わないが遅れて日本で公開されたのだろう。
C-28
日劇が後方に見えることから和光から三原橋あたりではないだろうか?
C-29
市ヶ谷の陸軍の建物。その後、三島由紀夫が立てこもって自害した場所なので強烈に記憶に残っている人が多い建物だろう。
C-30
C-31
この建物は東京裁判の法廷に使われた。
C-32
戦時中の首相は裁かれ民主的な日本に変わりつつある!とナレーションは高らかに締めくくる。
C-33
CINESOUNDは1931年に設立されたオーストラリアの制作プロダクションである。
映像考古学は映像からその当時を検証していくネット上の学問である。
C-27
こちらは1946年制作のイギリス映画「キャラバン」の看板である。 公開時期が合わないが遅れて日本で公開されたのだろう。
C-28
日劇が後方に見えることから和光から三原橋あたりではないだろうか?
C-29
市ヶ谷の陸軍の建物。その後、三島由紀夫が立てこもって自害した場所なので強烈に記憶に残っている人が多い建物だろう。
C-30
C-31
この建物は東京裁判の法廷に使われた。
C-32
戦時中の首相は裁かれ民主的な日本に変わりつつある!とナレーションは高らかに締めくくる。
C-33
CINESOUNDは1931年に設立されたオーストラリアの制作プロダクションである。
映像考古学は映像からその当時を検証していくネット上の学問である。
わたし一人の知見では特定できる場所や範囲も限られている。
そこで記事中に言及したカットはナンバリングしてある。もし何かそのカットの場所や写っている店、クルマ、電車の種類などを特定した場合はリプライやfacebookコメントをいただければ幸いである。可能な限り追記していきたいと思う。
全編の映像は5分。音楽とナレーションがついている。
(5分)
全編の映像は5分。音楽とナレーションがついている。
(5分)
(5690文字)


