三隅研次『剣鬼』

 

 

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大映はタイトルカットがいつもカッコいいですよね。

 

 


剣三部作の第3作目にして、最高傑作。

 


三隅研次は大映を代表する職人監督ですが、その彼の代表作は何か?と問われたら、本作を含めた剣三部作を挙げない人はいないでしょう。

 


『斬る』(1962)『剣』(1964)『剣鬼』(1965)は、続きモノでもなく、第2作目は原作が三島由紀夫(!)の現代劇ですから(他は柴田錬三郎)、時代すら一貫性がないのですが、主演が市川雷蔵であり、その主人公が剣に魅せられ、それが故に身を滅ぼしていくという、デカダンスの話しである事に共通点がある事から、三部作と言ってよいと思います。

 


三部作の主人公はそれぞれに剣の道を行くんですけども、その立場が一番特異なのが本作です。

 


最初の5分ほどで、雷蔵演じる主人公の生い立ちが展開しますが、精神に問題のある藩主の正室に最期まで使えた女性が雷蔵の母なのですが、父親が最後まで不明です。

 


この藩主の正室が遺言とした事が、この侍女の身分を保証する事と、愛犬を大切に育てる事でした。

 


雷蔵の母は雷蔵を産むとほどなく亡くなってしまいます。

 

 

 

この父親の不明の子供を闇から闇へ葬る事も可能ですが、現在の藩主の母親が大切としていた侍女の子ですから、藩の下級武士(登城が許されません)の子供として育てられます。

 


しかし、この侍女と犬がほぼ同時に亡くなった事から、犬と侍女の間にできた子供ではないのか?という揶揄が広まり、雷蔵は「犬っ子」と蔑まれながら、信州の小藩で生きていく事になります。

 


それから一挙に23年が経過しまして(この辺のザックリ感が素晴らしいです)、雷蔵は蔑まれながらも、造園家としての才能を買われて、登城を許されました。

 


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「犬っ子」と揶揄されながらも、造園家としての才能を発揮する雷蔵。



この頃、代替わりした藩主は、その母と同じく、精神に疾患があり、突然、馬に乗って早駆けするという、奇妙な習慣がありました。


 

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狂気の君主。



雷蔵は生来、恐ろしい健脚で、この突然の藩主の早駆けを、なんと、走って追いかけていき、馬をなだめる事が出来たんです。

 


この事があり、雷蔵は藩主のお気に入りになり、出世する事が出来ました。

 


しかし、この雷蔵の才能に目をつけてたのが、有望株の家臣を演じる佐藤慶です。

 


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家老の一番の懐刀を演じる佐藤慶。



佐藤慶は、こういう絶妙な立場の悪役を演じされたら天下一品の役者でしたねえ。

 


彼は、精神疾患の藩主の存在が公儀隠密の調べによって、幕府の知るところのなっては、この小藩が取り潰されてしまう。と、家老と危惧を共有していたんですね。

 


この佐藤慶が、藩内に潜入する隠密を暗殺する仕事を雷蔵に依頼するんです。

 


えっ、造園家に?という事なんですが、実はこの前に諸国を遍歴しているという浪人の居合術に雷蔵は魅せられ、彼に弟子入りしていたんです。

 


しかし、その修行がとても変わっていて、「剣術と居合術は違う。居合術とは要は刀を出して、相手を斬って、刀を収める事のみ。コレを教える事など出来ないが、私の動きを見ていなさい」と言って、ただ、その居合術を見せるだけなんです。

 


で、雷蔵はその動きを「わかりました」と言うんですよ(笑)。

 


その間がものすごく短くて、ホントかよ!と突っ込みを入れたくなりますが、そういう所が呆気ないほどにオミットされている所がこの映画の大胆で面白いところです。


 

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居合の達人となる雷蔵は藩の密命を受ける暗殺者となっていく。



で、そんな折に暗殺指令を受けるようになり、なんだかいつの間にか、暗殺稼業に雷蔵はへんぼうしていき、「犬っ子」という揶揄がいつしか、ホントの藩政を守るための「番犬」になってしまっていくんです。

 


ここで、雷蔵は造園家から、タイトル通りの剣鬼に変貌していくんです。

 


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剣の魔力に取り憑かれていく雷蔵。



と、ストーリーはこんなところにしておきまして、あらすじだけを見てしまうと、なんだかご都合主義的で雷蔵が余りにも簡単に居合術の名人になってしまったり、それに合わせて暗殺指令が出たりしているのが、おかしいんですけども、コレが三隅研次の演出にかかると俄然面白くなるんですよ。

 


セルジオ・レオーネを思わせる極端なアップの多様、予想外のキャメラアングル、そして、なんといっても、ほとんど「刀剣フェチ」と言っていいほどの刀を写す時のカメラの食いつきの凄さですね。

 


恐らく、三隅監督は相当に刀剣が好きなのでしょう、監督自身が刀剣の魅力に飲み込まれているではないか?とすら思えるような場面が数多く出てきて、その描写が剣三部作の中でも突出しています。

 


コレだけてんこ盛りなストーリーなのに、上映時間は90分もありません。

 


大映のプログラムピクチャーの1つですから、3本立て上映を基本として作られているので、90分以内に収める事を前提に作るという制約があるんですね。

 


この制約は、市川崑や増村保造という、大映のエース級の監督ですらありました。

 


とにかく、時間制限がとても厳しい中で制作されていましたから、余計な事は一切できず、それでいて面白くしなくてはいけないわけですから、監督はアタマを絞らざるを得ません。

 


それが本作のような、非常にスピーディでメリハリの効いた娯楽作品を作る事に成功しており、三隅監督は、年に数本の映画をコンスタントに撮るような、ハイペースに映画を作る監督になりました。

 


そんな中でも、自分の表現というものをキチンと伝えていたわけですから、三隅研次は素晴らしい監督だったといえるわけですね。

 


アクションシーンも素晴らしいのですが、私が特に素晴らしいと思ったのは、冒頭の雷蔵の呪われた生い立ちを非常にコンパクトに語る場面の、極端に様式化された演出ですね。

 


今の映画だったら、30分はかけてしまうところをたったの5分で片づけてしまうための大胆な演出なのですが、ここの撮影がホントに素晴らしかったですね。

 

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