『Coltrane in Japan』を聴く@四谷「喫茶茶会記」


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来日時の編成ですね。真ん中の女性はコルトレインの奥さんのアリス・コルトレインです。


ジョン・コルトレインが、ビートルズ来日の熱狂の年である1966年に最初で最後の来日を行ったのは大変有名ですが、その東京公演の2日間が録音されており、コルトレインの死後に発表(彼のアルバムは死後発表がものすごく多いです)され、LP4枚にも及ぶ大作なのですが(初めアメリカではLP二枚組の抜粋盤として発売されています。全曲聴けるようになったのは日本の方が先のようですね)、その  7月22日の公演を全曲聴こうという、凄絶極まりないイベントに参加いたしました。


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2時間にも及ぶ演奏に、たったの3曲しか演奏していない。という凄まじい内容なのですが、こんな演奏をほぼ毎日電車で移動しながら日本各地を回っていたんです。

コルトレインは、このツアーの翌年の1967年に病死しますが、原因はこのような凄絶な音楽活動にあったのだと思います。

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新幹線の中でも尺八を吹いてました。


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広島を訪れた際のコルトレイン。原爆慰霊碑の前で祈りを捧げています。

コルトレインの演奏は、1950年代から1960年代まで、一通り聴いており、その点での驚きはもはや私にはないんですが、やはり優秀な再生装置で聴く晩年のコルトレインの演奏は、凄まじいです。

コルトレインとその臣下たちの演奏は手数が多くて一見轟音ですけども、とりわけコルトレインのテナーは、驚くほど律儀で、「Peace on Earth」にしても、「My Favorite Things」にしても、和声は壊してませんし、4を基本にリズムを取っている事を崩しません。

要するに、トコトン基本に忠実で、むしろその点に驚きます。

コルトレインがジミー・ギャリソンをずっとバンドに入れ続けている(ホンの一時期ギャリソンを手放すのですが)のも、クリックとしての役割を愚直に勤める彼がいないと、どうしてもコルトレインの音楽というのは成り立たないんですね。

「My Favorite Things」のギャリソンの長いベイスソロを聴くと、彼が恐ろしくオーソドックスなジャズ・ベイシストである事がよくわかります。

この曲は6/8拍子ですが、クロスリズムとしての4/4拍子でずっとソロを取り続け、少しもポリリズムにもならず、ずっと4拍子のままです。

この前のカルテットは、ギャリソンを中心にすえて、トレイン、マコイ・タイナー、エルヴィン・ジョーンズが繰り広げる、ポリリズムの祭典がものすごかったんですけど、そういうメンバー同士のいい意味での競い合いみたいなものは、この晩年の編成ではむしろ弱まっているんですね。

とはいえ、コルトレインのテナーとソプラノは更にすごい事になっていて、テナーはほとんど高音しか使わず、ソプラノは壊れるんじゃないのか?という爆音で吹いていて、恐いくらいです。

もう、何もかも振り払ってとにかく没入し尽くしたい。という、そういう吹きっぷりですね。

有り体に言えば、イッちゃっているというか。

それをやっても演奏が壊れないようにするために、コルトレインには、ギャリソンのような忠実でオーソドックスなプレイヤーがどうしても必要だったんでしょうね。

ラシッド・アリのドラムも、エルヴィンと比べると、リズムの点ではむしろ普通です。

そうしないと演奏がロストして、めちゃくちゃになってしまうからなんでしょうね。

コルトレインは若いファラオ・サンダースをフックアップして現場で鍛えるためにバンドに入れたんでしょうけども、コルトレインとの釣り合いが余りにも取れてないですね。

力量が違いすぎます。

こういう混沌とした状況で、コルトレインのテクニックが乱れず、猛然と一曲50分以上も演奏しているんですよね。

しかも、間髪入れず。

各人のソロ、とりわけコルトレインのそれはものすごく長く、ジャズが持っている、各人のソロを回していくという意味がもう消失してしまって、ハテなんの演奏してるんだっけ?というくらいになってしまうので、音楽の構成としてはかなり問題です(モダンジャズは原理的にこんなに長く演奏できる音楽ではないと思います)。

そういう問題点がとても多い晩年のコルトレインのクインテットですけども、それでも胸を打たれるのは、ひとえにコルトレインの演奏の物凄さですよね。

最早、ノンシャランなジャズというものを圧倒的に逸脱した、この公演の司会を行った相倉相人の「コルトレインの祝祭が始まります」という名MCが示す通り、「祝祭」と言う言葉がピッタリな演奏だと思います。

とにかく、圧倒的な経験でした。

身も心も音楽に捧げ尽くした、ジョン・コルトレインの演奏はなかなか手強いですが、一度経験してみる価値は間違いなくあります。

いきなりこのライヴを聴くのは無謀だと思いますけども、コルトレインの黄金カルテットの演奏や50年代のマイルス・デイヴィスにフックアップされた頃の、自身のスタイルを模索中のコルトレインから聴いてみるといいかもしれませんね。

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1960年代の黄金カルテットのスタジオ録音の金字塔、『至上の愛』。


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1950年代のトレーンの傑作『ソウルトレイン』。

実は、1950年代からコルトレインの演奏は、ものすごく真面目で求道的な所は全く変わってませんね。

この、真面目で求道的でトコトンまで行かないと気が済まない。という、ジャズメンとほとんど相入れない価値観をもって演奏にのぞんでいたコルトレインが、いろんな人々を巻き込んでいき、教祖的に見られるようになってしまうんですけども(ここにコルトレインのものすごい功罪の「罪」の側面がある気がするんですが、この話には立ち入りません)、コルトレインが晩年目指していたのは、これだけ荒れ狂いながらも、グルーヴ感を失わないという、ブラックミュージックであった。かなり異形の。という事に尽きるのではないでしょうか。


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アメリカでは、このCD盤が初めて全曲まとまって発売された来日公演盤となります。

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