ミケランジェロ・アントニオーニ『赤い砂漠』

 

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不気味なオープニング。

 

オープニングが醸し出すコワサが尋常ではありません。

SF作品ではないと思いますが、映像からビンビン伝わるディストピア感がものすごいものがありますね。

 

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ホテルの廊下もアントニオーニが撮るとこんなに無機質になってしまいます。

 

荒涼としたロケーションが、全編にわたって素晴らしいです。

工場の騒音や船の汽笛がコレを増幅させます(音楽らしいものはオープニングにしかなく、これらが事実上のサントラですね)。

 

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工場というものをこんなに禍々しく撮った映画はないのではないか。

 

見ていると分かりますが、イタリアも日本と同様に、1960年代に経済成長期に入っていて、急速な工業化が進んでいるようです。

 

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圧倒的な存在感のあるモニカ・ヴィッティ。アントニオーニといえば彼女なくしては考えられません。

 

しかし、アントニオーニは社会派的な観点からそういうものを描かず、あくまでも、どこか寓話的でSF映画的ですらある、独特の演出で描いているのが、やはりさすがと言えるでしょうね。

 

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邪悪で醜悪な怪物のような工場。

 

よって、現在の目から見ても全くったく古びないし、実に新鮮な映像です。

伝染病に感染している恐れのある大型貨物船のシーンは、とても隠喩的で、晩年のタルコフスキーの作品を思い起こさせます。

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 アンゲロプロスは影響されていますよね。


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こういうショットは晩年のタルコフスキーに似ていますね。

 

ヴィッティが霧の中を車で走ろうとする辺りから、彼女のもとも病んでいた精神が少しずつ破綻し始めます。

 


 

ココからが本作の真骨頂ですけども、ココからは実際に見てください。

後に、ウディ・アレンと組んで、一連の傑作を生み出していく、撮影監督カルロ・ディ・パルマの色調を抑えた映像は見事です。

 

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そして、アントニオーニ作品のミューズと言ってよい、モニカ・ヴィッティの存在感が圧倒的で、彼女なくして、本作は成立しないと言ってよいでしょう。

 

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また、かなりキツめの電子音楽が使われているのも、本作をまるでSFの映画のようにしております。

現代人の根源的な孤独感や不安を冷徹に描いた傑作。

 

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 ポーンと観客を置いてきぼりにするラストもうまいです。 

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