大瀧詠一『Let's Ondo Again』


 

 
「悲劇的までに売れなかった」と本人が言うほど、売り上げと出来に乖離が著しい、大瀧詠一の畢生の名作。
 
このアルバムが売れなかったことを以て、コロムビアレコードとの契約は終了し、プロデューサー業、作曲家業に一時期専念せざるを得なくなったのだけども、ここでの仕事が結局、ソニーとの契約となり、歴史的大傑作である『A LONG VACATION』へ結実するのだから、不思議なものである。
 
大瀧詠一は、トッド・ラングレンと同じく、こと、自分の作品となると、苛烈なまでにプロデュースを施してしまい、それが結局、一般ウケする事を拒絶する作品となってしまうのだが、他人へのプロデュースや、楽曲提供ではものすごくいい仕事をし、結局、その事が高く評価されてしまう人(菊地成孔にもその傾向が強い)なのだが、本作は、売り上げの低迷でトコトン追い詰められた大瀧詠一が放った、徹底した自己プロデュース作品であり、その意味で、彼の最高傑作と言って良いのではないかと思う。
 
レイ・チャールズの「What'd I Say」や「Let's Twist Again」を音頭にしてしまうという余りにも進みすぎた感覚(これは、「イエローサブマリン音頭」のヒットに結実していく。当時、テレビで見て唖然とした覚えがある)、エルヴィス・プレスリーのモノマネ、人気アイドルのピンクレディの露骨な引用、ビートルズ中期もビックリな音のコラージュなどなど、ありとあらゆる手法を凝らして作られた本作は、ロックと日本の歌謡曲/流行歌が全く断絶したものではなく、地続きのものである。という、大瀧詠一の信念の結晶と言ってよい。
 
その意味で、大瀧詠一の作品の中でも、最も批評的な作品と言え、彼の高弟といってよい山下達郎は、こういう側面を継承しているが、それは作品の表面には出さない。
 
しかし、そういうリクツや元ネタが一切わからずとも、本作の楽曲が痛快なまでに面白く、素晴らしいからこそ、その批評性は生きるのであって、その意味で大瀧詠一は、まずもってミュージシャンなのだ。
 
生来の学究肌と完璧主義がアダとなってしまい、ソニーでは生前アルバムをたった2作しか発表できなかったが、その移籍前に満身創痍で発表された渾身の一作があった事は記憶されて然るべきである。
 
ちなみに、ピーター・バラカンが一番好きな日本のロックのアルバムは本作であると、ライナーノーツに書いており、「ここでの挫折が日本のロックにもたらした影響は多大である」とすら述べている点は見逃せないだろう。
 
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