沖縄には数回行ったことがあるのですが、アートイベントだったり家族でリゾートホテルだったりで戦争のことを考える時間がなかったのがずっと気になっていました。

広島に行って原爆資料館を見ていない。そんな感じのモヤモヤがありました。

今回は久しぶりのひとり旅で時間も取れるので沖縄戦で激戦地だった島の南を1日かけて見てくることにしました。


バスで那覇のバスターミナルから糸満に行きバスを乗り換え1時間半。ひめゆりの塔に来ました。

ここは修学旅行の団体が必ず来る場所なのでバス駐車場の近くには土産物屋さんがたくさん並んでいます。

少し歩くとこのエリアの全体図がありました。


入り口では献花を売っており多くの人が買っていました。


その門から100m行ったところに「ひめゆりの塔」があります。


塔といっても例えば原爆ドームのドームのように戦争で実際に破壊された塔というわけではありません。

塔は慰霊碑なんです。塔というほど高くはないものです。

重要なのはこの「ひめゆりの塔」の下にある洞窟なんです。

沖縄ではガマと呼ばれる自然洞窟で、ここが沖縄戦で野戦病院として使われたわけです。

米軍が上陸して南北が分断され前線から負傷兵が送られてきます。当時の高校生だった彼女たちはこの野戦病院で負傷兵の世話をしていたのです。

大本営発表を信じていた彼女たちは日本軍が勝ってすぐに帰れると思ってきたのです。私たちは沖縄に米軍が上陸しているといことの意味はよく分かっているわけですが、当時の国民は違うんです。

この当時の国民がどのような情報と教育でどのような精神状態だったかをしっかり前提として知らないと悲劇を理解しにくくなります。


献花して手を合わせます。


「ひめゆりの塔」の下にある洞窟は多くの人が命を落とした場所です。


この石碑は終戦1年後の1946年にここに建てられました。それからわずかに生き残ったひめゆりたちがその後、この祈念資料館を作るに至ったわけです。


展示は当時の沖縄戦の戦況がわかりやすく図解されています。野戦病院などで使った注射器やメスなどの展示もあります。

全体に戦場の凄惨極まる写真などは使われておらず想像力に訴える展示になっています。


中は撮影出来ないのですが、最後の部屋にはこの地でなくなった女子高生と教員すべての写真が壁に展示されています。

その写真は戦争が忍び寄る、もしくは戦争中に撮られた集合写真やスナップから作られているのですが沖縄戦ではあらゆるものが消失しているので収集するのは困難を極めたと言います。

あどけない笑顔の写真も多く胸を締め付けられます。すべての人の顔写真をゆっくりと見てきました。

沖縄に行った時はぜひ1日時間をとってこのエリア回ってみてください。

以上、ひめゆりの塔からお送りしました。

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