戦後にカラーで最初にロケされた1955年(昭和30年)公開のハリウッド映画「東京暗黒街・竹の家」のクライマックスは今も現存する浅草松屋の屋上を舞台にしています。

そのクライマックスについてはキャプチャー画面とともに記事にしましたが、今回は1955年から50年後の2015年に屋上遊園地の痕跡があるのか?を検証します。 

この東武浅草駅である駅ビルは1931年(昭和6年)竣工です。なんと2015年で築84年!

東京大空襲にも耐えた建物です。設計は久野節で千葉にある佐倉高等学校旧本館や大阪にある南海難波駅 などを手がけた人です。

このビルの意匠は紆余曲折があり1974年のリニューアルで白い味気ないファサードで囲ったのですが 2012年のリニューアルで竣工当時の姿に戻されたのでした。 

(今の東急東横と同じ手法ですね。あれも建設当時ガラス貼りの建物だったのをファサードで囲って今の醜い外観になってます。1961年にモスラが壊した頃は建築当時の東急東横百貨店が見られます)

屋上も一時期は閉鎖されていましたが 東京スカイツリーがよく見えることから今では観光名所になりビアホールなどもあります。ただしいわゆる屋上遊園地的なものは復活していません。

ではさっそく今から50年前、1955年(昭和30年)の浅草松屋の屋上を見てみましょう!

  
どーん!まるでパラダイス!屋上遊園地の理想形がここにあります!

まず全体ですが右が隅田川で左に水平に回転する観覧車があります。2階建の建物に土星型の観覧車がはみ出るように設置されています。これは当時「スカイクルーザー」という名前で親しまれていた遊具です。

おそらくあの時計塔の上から撮ったアングルなんじゃないでしょうか?でも残念ながら喫煙スペースから奥は入れません。今度正式な取材許可をもらって撮りたいですね。

         少し下がったところから屋上全景をとらえたショットです。左にある建物の上に水平観覧車が乗っています。

ほんとはもっと下がった位置から見たいんですが、だいたいこんな感じでしょうかね?今は遊園地の汽車が走っていたところはビアガーデンです。

 
さらに下がった位置からのアングル。左の階段が水平観覧車への入り口です。


その水平観覧車の入り口から隅田川を見たアングルです。

東武線の線路はかろうじて見えますがビルがニョキニョキ建ったので激変していますね。


水平観覧車は小さな窓が2つある建物にのっています。よく作りましたね。。これ。

iPod touchで写真を見ながら場所を特定していきます。右の小さな建物はなくなってるようなんですがここと思われます。

窓の位置、梯子の位置、ドアの位置からこの上に水平観覧車があったに違いありません!


この時計塔から狙ったカットでよくわかるのですが2階建ての小屋が左にふたつあり手前が乗り込む場所で奥の小屋の上に水平観覧車が設置されています。

 
50年前はタイル貼りみたいな感じだったので雰囲気が違います。1955年の時点で築24年ですから年季入ってます。

壁にある国旗?かなにかのポスターも気になります。なんだろう?と前回の記事で書いたら墨田川沿いだから国際信号旗なんじゃないか?という指摘をもらいました。

この浅草松屋のビアガーデンでhimag主宰の飲み会をやります!まさに50年前に屋上遊園地だったポイント!絶景です!

題して「映像考古学飲み会・東京暗黒街 竹の家篇」です!

2015年9月29日(火曜日)の19時から浅草松屋の屋上ビアガーデンに集合!特に参加申し込みとか表明とか必要ありません。

この記事を読んで興味が湧いて今日の夜たまたま空いたら浅草松屋の屋上ビアガーデンに来てボクを探してください!(すげぇざっくり)

ボクは18時くらいに現存する最古の地下街である浅草地下街の「福ちゃん」で350円の焼きそば食べてから松屋に行こうと思ってます。

ドタ参加も歓迎!なんとなく6人くらいになる予感はします。21時くらいまでやってると思います。ボクのtwitterでもリアルタイムに状況つぶやきますね!

では最後に「東京暗黒街・竹の家」!の予告編をどうぞ!


このエントリーをはてなブックマークに追加 Share on Tumblr